弦城センの備忘録

弦城センのお知らせやら活動報告やらをするブログです。

Before 6th night(2)

Before 6th nightの後編です。

本文は続きを参照してください。

 

ルシファーの困惑をよそに、センは我に返ったように急に冷静になり、「そうだ」と呟いた。血溜まりのような赤い瞳からは、先刻までの異様な輝きはすっかり消えている。
「そろそろ彼を迎えに行きましょうか……」
「彼?」
「私の仲間です。貴方を手術している間、外で待っていてもらっていますが……待たせすぎてふやけてるかもしれませんね」
ふやけているという言葉が気になったが、ルシファーは迂闊に口を挟めなかった。
「ついてきなさい」
有無を言わさず、センはルシファーを追従させる。道中、二人は何も語ることもなく、ルシファーは何も分からぬままにセンの後ろについて暫く歩いていると川に着いた。

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川には一人の男が目を閉じて浮かんでいた。その肌はセン同様に異様に白く、生きているものとは思えない。ルシファーは死んでいるのではないかと思ったが、問いかけるよりも先にセンが口を開く。
「白川さん、お待たせしました」
白川と呼ばれた男はゆっくりと目を開けて、そろりとこちらを見た。

「ああ、寝ちゃってたぁ」
ノンビリと言うなり、白川は欠伸を一つ零す。それから、ゆっくり川底に足を付けてザブザブと水をかき分けるようにしてこちらへ歩いてきた。歩くたびに、すっかり濡れて皮膚に張り付いた髪や服から水が滴る。

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「それがドクターが手術したひと?」
「そうです。さっき目を覚ましました」
白川はルシファーの方を見て、「よろしくねぇ」と微笑みかけた。甘さを含みつつも渋みのある低音の声だが、嘘みたいに穏やかで毒気を抜かれるようだ。

センは半ば呆れたように溜息をついた。
「白川さん、起きて早々悪いですけど手伝ってください」
「何するのかな?」
白川は眠そうに数度瞬きしながら問いかける。
「そうですね、愉しいこと……と言いましょうか」
センが薄く笑んで返すと、白川は「うーん」と唸った。

「それって、良い感じのカップルを冷やかすのとどっちが楽しい?」
「こっちですね」
即答である。白川はそれを聞くとふにゃっと笑った。
「いいよぉ」
ルシファーは何も言わず、ただただ二人の会話する光景を見ていたが、白川の身体もセンと同様に生きた人間の肉体では無いと察する。

最初に白川に対して抱いた印象は間違いでなかったと思いつつも、悪魔はそれ以上に「なんて自由な人なんだ」と胸中で半ば呆れていた。センはそれを知ってか知らずか、ルシファーの方へ振り返る。
「ルシファーさん、この方が仲間の白川さんです。私は生ける死者⦅リビングデッド⦆……平たく言ってしまえばゾンビですけど、白川さんは水死体に憑依した霊ですね」
「憑依した霊……」
「白川は、ただの土左衛門だよ」
白川は穏やかな笑顔を浮かべてみせるが、仮面の下の赤い瞳に光は無い。白川の背中に生えている鴉の濡羽のような翼、そして猫の耳と尻尾、極め付けに背負っている日本刀は普通の水死体として見るにはあまりにも異様であった。ルシファーは、彼もまたセンとは異なる意味で胡散臭いものであると確信する。

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「……で、わざわざ俺を手術してまで何をしたいの?」
ルシファーは不可解を露わに問いかけた。センはフッと軽く鼻で笑う。
「言ったでしょう、愉しいことだって……今は丁度ハロウィン、生者も死者もこの世界に集まる。夜会を開いて、皆を魅了して、出来るだけ多くの同胞を得るのです」
ルシファーはますますわけが分からなかった。
「なんのために?」
「独りよりも、仲間がいた方がいいでしょう?その仲間が見つからないなら、皆を我らと同じにして差し上げる……それだけのことですよ」
「……そう」
センの狂気に満ちた笑顔が月光に照らされて、ますます不気味さを増す。今更倫理観を持ち出すだけ無駄だとわかってはいたが、ルシファーは気圧されて何も言えなかった。しかし、狂っているのはセンだけではないと語りかけるように月が白川とルシファーも照らしており、ぬらりとした異様な存在感を放っている。

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「さあ、参りましょう……私たちの存在を知らしめるのです!誰もがおかしくなるような、刺激的で愉しい夜会を始めましょう!」
センが高らかに笑いながらゆっくりと歩き出す。
「はぁい」
白川は間延びした声を上げて後ろに続いた。
「……了解」
ルシファーも遅れて後から続く。三人の人ならざる者は月に背を向けるようにして歩いていた――夜会を開くに相応しい場所を探すように。

 

(完)